昨日に引き続き、『ココロの色 記憶のカタチ』の続きを。
シーン2となる今回は・・・
初めて訪れた『昂林』、初めて出会った『アサギ』。
初めてなのに懐かしい・・・。少し不思議な空間で、キルルに小さな変化が生まれる。
『ココロの色 記憶のカタチ』 シーン2はじまります。
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シーン2 【 変 化 】
それからというもの、私はクールタイムの間ほとんど毎日といっていいほど昴林へ通いはじめた。最初は夜のディナータイムに夕食を兼ねて、その後昼間も顔を出すようになり、一日の大半をお店で本を読んで過ごすようになった。
「こんにちは。また・・・来ちゃいました。」
「いらっしゃいませ。キルルさん。」
私はトトトと本棚の前に進むと、一昨日から読みかけの本を手に取り、カウンターの一番端に腰かける。
「いつもの・・・でよろしいですか?」
「あ、はい♪」
その一言だけ交わすと、アサギさんはカウンターでアップルティーを淹れてくれる。大好きな本に囲まれて、美味しいお茶を飲みながらの優雅な午後。それは、そういうシチュエーションだけじゃなく、自宅のようにくつろげるこの空間も一役も二役も買っていた。
しばらくして、読みかけの本を読破するとカップに残った紅茶をクイッと飲み干し、大きく伸びをする。
「う~~~ん・・・はぁぁぁ♪」
「おつかれさまでした。どうでした?」
「はい、とても面白いお話でした。私って、本に関してはこだわりとかなくって、何でも読むんですけど、ここって色んな本が置いてあるので私にピッタリなんです。もうここに来るのが楽しくて♪」
「はは・・・。それは何よりです。もう一杯いかがですか?」
「あ、いただきます。アサギさんも雑読派なんですか?」
私の質問に、アサギさんはほんの一瞬だけ動きを止める。止めるといっても本当にほんの一瞬で、言われても気づかないくらいもの。
「そうですね、そうかもしれません。」
「そうかもしれません。って、あはは、おかしいですよ?」
そういって、おかわりのカップに口をつけた。そのときアサギさん顔にいつも浮かんでいる笑顔が一瞬消えたところを私は見てしまった。
(何かあったのかな・・・。)
そう思ったが、それを聞いちゃいけないと思ったし、私が立ち入るところでもないと、その時の私はその変化を見ないフリをした。そして、それ以上に大事なことを思い出した。
「あ、あのっ、アサギさん。」
「いかがなさいました?」
「あ、いや、あの、私ってこう見えて一応カーディナルなんですよね。それで、あるパーティに所属していて、その冒険というかお仕事というか、明日からまた始まっちゃうんです。それで、もうこんな風に毎日来ることができないというか・・・。」
「なるほど、そういえばクールタイム・・・と仰っていましたよね。そうですか、それは寂しくなりますね。」
「ごめんなさい。」
「いえいえ、何を仰っているんですか。こんな小さな店を気に入っていただいて嬉しいですよ。それに・・・。」
「それに?」
私の胸が少し跳ねた。
「毎日、売り上げに貢献していただいて♪」
「もぉぉぉぉ~~!アサギさん、イジワルです♪」
私は、お皿を拭くアサギさんの左手をキュッとつねった。
「あははは♪すいません、ついからかってしまいました。でも、このお店はずっとココにあります。これまでも、これからも。だから、時間があるときでも、また疲れたときでもキルルさんがお好きな時にご来店ください。いつでもお待ちしていますよ。」
「アサギさん・・・。」
そのときのアサギさんの笑顔がひどく懐かしく感じて、初めて会ったときの笑顔に似ているのだろうか。よくわからないがこの笑顔に励まされたのは事実だし、私も負けないくらいの笑顔でありがとうと返すことにした。
現実というのは常に非情で無情なものである。昂林での余韻を味わう間もなく招集が掛けられ、私はパーティに合流し次の冒険に出発した。一度クエストを受けると最短でも数週間、長いものだと一年近くアップタウンを離れている。今回は新しく見つかった島、砂漠のカーマインというところを生体調査するというものだった。当然この手の調査は、複数のパーティが請け負うものなので小さな島だとそれこそ数週間である程度の目途がつく。私たちのパーティはライグをリーダーとし、今回のクエストからミサキをサブリーダーに置いて、調査を行っていった。砂漠の猛暑にもうまく付き合えるようになってきたある日のこと。オアシスをベースキャンプにしていた私たちは、その日の調査を終えて夕飯の支度にとりかかっていた。食事の準備は、私とナデシコさん、ネコさんで担当していた。
「そうそう、キルル。」
「ん?」
「最近、すっごい調子いいよね。というか、上手く立ち回れるようになったよね。」
「そ、そお?」
「うんうん、私も思った。私もナデシコも剣士だから近接ってそれなりにきついんだよね。でも、最近は安心して戦えるっていうか。」
野菜を切りながら、ねこさんとなでしこさんが嬉しいことを言ってくれる。
「あれだよ、プニサンがいたときみたいな感じになってきた・・・とか?」
「え?ホントに?」
「うーん、ネコ、それは言い過ぎ。でも、それに近い安心感は生まれてきたかな。」
「そ、そうなんだ・・・あ、あ、ありがとう。」
怒られてばかりの私がこんなに誉めてもらえるとかなり照れるもので、私は手に持っていた玉ねぎの皮を手から無くなるまで全て剥いてしまった。でも、私がこうして上手く立ち回れるようになったのもみんなあのお店のおかげ・・・いや、あの人のおかげだ。
「私ね、アップタウンですっごく素敵なお店を見つけちゃって!」
「へぇ♪なにそれ、初めて聞くんだけど?」
「あ~、私もだよ?どういうことなのかにゃ?パーティメンバーとしては水くしゃいと思うんだけどにゃあ・・・。」
私は、前回の冒険の後の出来事から順を追ってここにやってくるまでのことを掻い摘んで説明した。料理が美味しいことや雰囲気がとてもいいとか、本がたくさんあるとか。
「それで?そのマスターさんはどうにゃの?かっこいいの?」
ネコさんが含み笑いで私の脇腹を肘でつつく。
「うん、素敵な人だよ。アサギさんっていうの。」
「へぇ♪好きになっちゃった?ん?ん?」
今度はナデシコさんが反対の脇腹を肘でつつく。私たちは体をよじりながらはしゃいでいると
「キルル・・・お前、あの店に行ったのか?」
「え?」
突然後ろからの声に驚き、声が裏返ってしまった。声の主はライグだった。その顔はいつも私が怒られるときの表情ではなく、見たことのない・・・いや、ある・・・。プニサンがいなくなった日と同じ顔だ。ライグはそのまま
「あの店・・・『昂林』に行ってアイツに会ったのか・・・。」
「え?ライグ、あの店知ってるの?いいよねぇ♪雰囲気いいし、お料理も美味しいし、アサ・・・」
「行くなっ!」
「・・・・・・え?」
私は自分の耳を疑った。私の耳は行くなって聞こえたんだけど・・・
「え?何言ってるの?ライグ?」
「行くな。あの店にはもう行くな。マスターに・・・アサギに関わるな。」
「どうして?」
「どうしてもだ。悪いな、関わるなじゃない。関わらない方がいい。行くなじゃないな、行かない方がいい。こっちだな。その理由は・・・」
「理由は・・・?」
突然の言葉に私は、頭が真っ白になり脳内に自分の言葉が見つからない。だから、自分の言葉を作り出すためにライグの口から出る言葉を私はじっと待つ。
「理由は、キルル・・・お前のためだ。」
「は?なんで?どうして?どうしてライグにそんなこと言われなきゃいけないの?私がいつどこで誰と何しようと勝手じゃない!私はあのお店に出会って、アサギさんに出会ったからこうやって今、上手く立ち回れるようになったんだよ!」
私は無意識のうちに声を荒立てて、叫ぶようにまくし立てる。ライグはそんな私の瞳を顔をいや、私自身を見ようとせず、ただ下を向いて。
「わかってる・・・。キルルの動きがよくなったのも実感している。安心感さえ出てきた。でもそれとこれとは別なんだ。やめとけ、もう行くな。な?」
ライグはなだめるように、私に話しかける。その表情は寂しそうな悲しいような切ない表情で。でも、だからこそちゃんとした理由が聞きたかった。
「わからないよ・・・。ライグがそんなこと言うの。いつもみたいに怒ってるわけじゃない、そんな表情でさ。アサギさんが特別悪い人とかそんなんでもない。どうして?本当のことを教えて。ねぇ、ライグ。」
私は俯いたライグの顔を覗き込むようにもう一度理由を尋ねる。ナデシコさんもネコさんも不安げにライグと私を見ている。ライグは、大きく深呼吸すると、信じられない台詞を口にした。
「キルル、お前カーディナルだよな。」
「うん、そうだよ。当たり前じゃない。」
「その前・・・ドルイドのときバードのとき・・・いや、ウァテスのときのこと覚えてるか?」
「そんなの当たり前じゃん!そんな、自分のこと忘れるわけ・・・あれ・・・。」
私は目の前が真っ暗になった。自分は転生してアークタイタニアになり、カーディナルになった・・・はず。なのに、それまでの自分のことを一つも思い出せない。ライグのパーティに参加したとき、ライグもミサキもプニサンもフォビアもルナサもみんな昔からの知り合いのように私を受け入れてくれた。だから、気にもしていなかったけれど・・・。
「あれ・・・私・・・誰・・・?あれ?あれ?どうして?どうして思い出せないのっ!」
私は頭を抱えその場に蹲る。軽くパニック状態になっていた私にライグがゆっくりと近づき、私の肩を抱いて耳元で小さく呟く。
「キルル・・・それが理由・・・ヒントだ。だから、俺の言うことを素直に聞いてくれ・・・。頼む。」
私はガタガタと震えるだけで、返事なんてできなかった。ライグはスッと立ち上がり、
「悪いな。こんな状況じゃクエスト遂行は無理だ。今日で打ち切り。今日までの調査費用は報酬として貰えるよう交渉する。今日はもう日が暮れるから、今夜はここで過ごして明日アップへ戻る。みんなすまない。承知してくれ。」
突然のクエスト中止だったが、この状況で回復の要となるカーディナルがこんな状態では納得せざるを得ない。
「そうね、私はそれでいいわ。ナデシコもいいよね?」
「ええ、構わないわ。」
「すまない。」
こうして、ベースキャンプで迎えた最後の夜は、力の抜けた通夜のような夜だった。翌朝、私たちパーティは早朝にベースを出発しアップタウンへと戻った。
to be continue
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