前後編でといいながら、いつものように3話に流れ込んだ
お話、『ココロの色 記憶のカタチ』ですが・・・
すいませんっ!3話で終わりませんっ!
アップに帰ってからのパーティ。それぞれの時間、それぞれの想い。
それはお互いに通じることは無くて、届くことは無くて。
けれど、真実は一つしかなくて。
シーン3【 過 去 】 はじまります。
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シーン3 【 過 去 】
失意の中アップタウンに戻った日から、いったい何日経ったんだろう。戻った日は、何も思い出せない自分に腹が立って、部屋中の手に取れるもの片っ端から壁に投げつけた。投げるものがなくなった途端、今度は涙が溢れだして止まらなくて、声を上げて泣いた。泣き疲れて眠った翌日、ベッドから出たとき昨日投げつけたマグカップの破片を踏んで脚を切った。チクリとした痛みは傷の痛みなのか心の痛みなのか理解できずに、涙が溢れて声を殺して泣いた。また泣き疲れて眠って以降、私の記憶は曖昧で何もハッキリと覚えていない。けれど、一つだけ解ることがある。
『お腹が減った』
こんな時に、こんな状況で、こんな気持ちなのに・・・なんて、そういうシーンでお腹が減らないのはドラマの中のヒロインくらいなもの。生きているんだからお腹減るのは当然なわけで。考えてもみれば、アップタウンに帰ってきてから何も口にしていないのだ、しょうがない。私は、もそもそとベッドから起きだして冷蔵庫へ向かう。丸い冷蔵庫のドアを開けて大いに納得する。部屋から一歩も外へ出ていないのに食料なんてあるはずがない。空っぽの冷蔵庫が鳴いたのか私のお腹が鳴いたのかグゥ~と現状に抗議する。
「はぁ・・・。しょうがない、食料品屋のおばちゃんのトコ行って何か作ってもらうぅぅ。・・・・・・うっ」
私は、何日もお風呂に入っていない事に気づき、いそいそと服を脱いで洗濯籠に放り込み、目覚ましも兼ねたシャワーを浴びた。
シャワーを浴びて、適当な服をゴソゴソと着込みアップタウンに出た。久しぶりに見た太陽はいつも以上に眩しくて、思わず目を細めてしまう。フラフラと目的のお店を目指し歩くこと暫く
「なんで、私ここに来てるの・・・。」
今度はお腹じゃなく胸の奥がチクリと痛んだ。くすんだ白地の看板は何も言わず、じっと何かを待っているようにその場に佇んでいた。
予定外のクールタイムに入って数日、ライグは落ち込んでいた。今日もアップタウンの港に碇泊しているミサキの庭で溜息をつき、自己嫌悪の海に沈んでいた。
「ライグ、さすがに毎日ここでウジウジするのは鬱陶しい。ミニーもサラマンダも他のみんなもちょっとストレス・・・。」
「うぅ・・・だってよう・・・。」
ライグは両手で頭を抱え、再度唸りだしてしまった。
「だってよ、俺ら・・・つっても、今はミサキと俺だけだけどあんなに気を付けてきたんだ。なのに、アイツの・・・アサギの名前が聞こえて、キルルのあの笑顔見ちまったら・・・なんつうか頭真っ白になったっつうか、昔の、あの日のことが、こうバァっと流れてきてさ。」
「ライグはそう、いつもそう、どこでもそう、なんでもそう、単純。」
「言うなよ・・・。」
「こういう時は、私の淹れたカフェオレ・イン・アイエkじゃなくてハチミツを飲んで前を向く。」
そういって差し出されたマグカップには1杯のカフェオレ。登り立つ湯気とハチミツのほのかな香りがライグの心を解していく。ライグはそのマグカップを手に取り、また一つ大きなため息。
「いつものツッコミもない。これはホントに重症かも。」
ミサキはマグカップを乗せていたトレーで口元を隠し、唇をキュッと噛む。
「マスター、お客様です。」
白い使い魔アルマのシロがとてとてとミサキの元へ駆けてきた。
「シロ?誰?」
シロは落ち込むライグの頭をヨシヨシと撫でながら、
「へっ?あ、えと、ナデシコさんとネコさんれす。」
「お邪魔するわよぉ・・・って、まぁだウジウジしてんの?ウチのリーダーは。」
シロの返事に被せるように声を掛けてきたのはナデシコだった。シロに頭を撫でられているライグを横目に二人はミサキの元へ歩み寄り、ミサキにしか聞こえない程の小さな声で、
「大変ね♪」
「うん、身体の大きな子供を持つ母親の気分。」
「ふふふっ、がんばれお母さん♪」
「うん。」
そんな会話を交わす。そして、萱葺きの家の前にあるピクニックテーブルの椅子に二人は腰かけると、脚を組み頬杖をついて
「さて、ライグ?そんなに落ち込んでないで、そろそろ私たちにも教えてくれるかな。」
「そうだにゃ。同じパーティメンバーとして隠し事は無しってのがウチらのパーティのルールだったにゃ?」
ネコさんは、テーブルの上に置かれたクッキーを一つ摘むとポイッと口に放り込む。ミサキも同じように椅子に腰掛け、星型のクッキーを一つ摘んでその先端をかじる。奥からシロがトレーにマグカップを3つ乗せてヨロヨロとカフェオレを運んでくる。ライグはゆっくりと顔を上げミサキに視線を投げ、
「・・・。」
ミサキは小さく頷いた。ライグは溜息とは違う小さな息を吐くと、いつになく真剣な表情で語りだした。
「わかった。これから話すことはとてもデリケートで大事な話だ。このパーティが立ち上がった頃の話だから、ナデシコもネコもいない頃・・・。少しの間、俺の、俺らの昔話に付き合ってくれ。」
くすんだ木の扉を開けて中を覗く。いつもどおりの店内、相変わらずのピアノの音も紅茶やコーヒーの香ばしい香りもその中に潜むように漂う紙の匂いも、ここだと、いつもの場所だと同じ時間だと感じさせてくれる。私はゆっくりと一歩を踏み出し奥へ進む。見慣れたカウンターの反対側に見慣れた人影。見惚れた人影。その姿が目に入った瞬間、私は歩みを速めカウンターへ、いつもの場所へ進む。何も言わずカウンターチェアに腰掛ける。あんなに逢いたかった人影なのに、人影で済ませたくないと感じた人なのに、ソレを全て乗り越えると今度はその先が見られない。人影じゃイヤだと人じゃないとイヤだと思ったくせに、目の前にするとソレを確かめることができない意気地のない私。
「おや、いらっしゃいませ。冒険はいかがでしたか?」
「・・・・・・。」
「ふむ。何かあったのですか?カーディナルですから、お怪我はされていないようですが・・・。よろしければ、お話になられませんか?美味しい紅茶と・・・何か消化にいい温かいものをごちそうしますので。」
それだけ言うと、彼は奥に引っ込んでしまった。
「俺は当時まだタタラベだった。ミサキはストライダー兼ブリーダーで、バードのプニサンとフォースマスターのフォビア・・・それと、同じバードのキルルとエレメンタラーのアサギ。これが立ち上げ当時のパーティメンバーだ。」
「え?キルルって私らより後にパーティに入ったよね??それに何?アサギって人も同じパーティだったの?え?どういうこと?っていうか、ミサキ、アンタその時すでにストライダーって一体何歳なのよ!」
ナデシコとネコは頭に?を浮かべてライグを見つめる。ミサキは無表情でマグカップに口をつけズズズと音を立てる。ライグはほんの少しだけ目線を落とし、ポツリポツリ語りだす。
「お前ら2人とも転生の儀って終わってるよな。」
「「ええ、そうね。」」
「俺らエミルが転生するってさ、武神と闘って認められて、結構あっさり終わるだろ?ハイエミルっつってもさ、特に何かが劇的に変わるわけじゃあない。身体能力は格段にかわるけどな。」
「そうね、コレと言って何も変わらないわね。」
ライグはマグカップのカフェオレを一口含み、コクンと飲み込むと
「でもな、ドミニオン族とタイタニア族はそういうわけにいかないんだ。特にタイタニアは・・・。」
そのセリフを口にした瞬間、ミサキの体がビクンと跳ねた。
「どういうことにゃ?」
「どういうこと?」
2人はミサキを横目にしつつライグに問いかける。
「タイタニア族は転生の儀を行う直前、エンジェルリングが消滅するんだ。そして、転生の儀でそれが再生する・・・アークタイタニアとして、文字通り生まれ変わるんだ。それは命がけの行為らしい。もともとタイタニアのリングは命と同等らしくってな、それが無くなるってのは1秒であっても死を意味するらしいんだ。だから、タイタニアにとって転生ってのは物凄い負担なわけだよ。身体にも心にも。それで、あまりの苦痛に耐え切れなくて、転生の後遺症みたいなモンが残るヤツが数千・・・数万人に一人の割合でいるんだ。その後遺症っていうのが、記憶障害・・・生まれ変わった瞬間にすべてがリセットされちまう・・・綺麗サッパリ無くなっちまうんだ。」
ミサキの肩が小さく震える。ライグはミサキの隣に腰掛けると、ミサキの肩を優しく抱いて、
「それが・・・それがキルルだ。」
「クッ・・・。」
ミサキの頬に一筋の涙が流れる。
「そ・・・そんな・・・。」
ナデシコもネコも信じられないという表情で、手に取ったマグカップを口に運ぶことができないでいた。
「それでな・・・。アサギとキルルは2人恋人同士だったんだ。それも将来を誓い合ったほどの・・・。もともと2人はコンビで活動するフリーの退魔師だったんだ。この辺じゃわりと有名だったんだぜ?『陰陽師・香椎と歌姫・キル』ってな。それで俺はそんな2人に目をつけてパーティに参加してもらった。順調に進んだんだ、本当にさ、俺もマエストロになれたし、ロボの強化外装も手に入れたし・・・。」
「じゃあなんで・・・。何が・・・・あったの?」
ナデシコは、マグカップを両手で握り身体を乗り出す。
「なんもかんも順調だったあの日・・・ソレは起こったんだ。アサギとキルルも2人とも本来十分に実力があった。それで、一緒に転生の儀を受けるってことになったんだ。俺らの転生はノーザンの時空の歪から白の世界へ行くよな?」
「そうね。」
「タイタニアもそれは同じなんだ。ただ、転生の儀を行った直後にアイツらタイタニア界に戻るんだ。自我の再生はタイタニアでしか行えないらしくってな。あの日もパーティ全員で行って、2人が武神の間へ行った。そして転生の儀が終わり、ケット・シーの前に姿を現せたのはアサギ一人だった・・・。」
「それって・・・。」
「失敗したわけじゃなかったんだ。ただタイタニア界での再生の際に事故があったらしくてな・・・こん睡状態で戻れなかったらしい。」
ライグの声が僅かながら震えていた。当時のことを思い出しているのか。ミサキは黙って、ライグの手を握り下を向いたままだった。時折、鼻をすする音が聞こえるので、きっと泣いているんだと、ナデシコもネコも感じていた。
「それで・・・それでどうしたの?」
「あぁ、俺らは必死になってあの猫野郎に詰め寄ったさ。それでも、アイツは『ボクたちはただの案内人だ。あの空間で起こることは干渉できないし、許されない。それは我ケット・シーの王であっても変わりは無い。』の一点張りさ。俺らはしぶしぶアップに戻ってキルルの帰りを待ったんだ。アサギは毎日アソコへ行ってたみたいだったがな。」
「それで?それで帰ってきたんだよにゃ?今、いるんだもんにゃ?」
ネコの声も明らかに震えていた。
「あぁ、それから半年ぐらいだったかな。ふらっと何の前触れも無く戻ってきたんだ。【Memory impairment(記憶障害)】になってな。本当なら一番にアサギに報告するんだが・・・。」
「できなかった・・・のね。」
「できるわけないだろう!俺らのことを忘れるくれぇなんてこたぁない!そんなのまた一から付き合っていきゃあいいんだ! けど、アイツ・・・アサギとの記憶はそんな簡単なモンじゃねぇ。仕方なく、ミサキのセカンドハウスにかくまうことにしたんだ。けど・・・。」
「けど、そんなのはすぐに見つかっちゃうわよね。普通・・・。」
「あぁ、そんときのアサギの姿は見てられなかった・・・。正直、このままアイツ死んじまうんじゃないかって心配したくらいだ。それで、アサギのやつ『俺がキルルを助ける。俺が記憶を取り戻すんだ』って、家に閉じこもっちまって何やら研究に没頭し始めた。記憶を取り戻す秘薬を作るってな。」
「そ、そんな薬あるにゃ?」
「聞いたことあるわ・・・。確か『想いの結晶』とか使うとか何とか・・・でもあれって都市伝説でしょう?実際にあったなんて記録どこにもないじゃ・・・。」
ライグは、マグカップの中身を飲み干してテーブルの上にそっと置き、その手でそのままミサキの頭を優しく撫でる。ライグの手が頭に乗った瞬間、ミサキは初めて声を出して泣いた。
「ふえ・・・ふぇ・・・ぐす・・・。」
「俺たちだって、そんなの信じていなかったさ。でも信じたいじゃないか。アサギならもしかしたら本当に作っちまうんじゃないかって思いたいじゃないか。それからアイツは俺らの前に姿を見せなくなった。」
「その後ね・・・私たちがパーティに参加したのは・・・。」
「あぁ、クレスもだな。キルルは、一応カーディナルだし、もしかしたら冒険をすることによって記憶が戻るかもしれないって考えた俺らは、またキルルをパーティに加えたんだ。でもこれが厄介でなぁ・・・。」
「厄介?」
「そうさ、スキルは覚えてるんだ。あれは記憶じゃなく体が覚えてるんだろうな。でも、戦闘技術っつうか支援技術なんて綺麗サッパリ忘れてやがって、なりたての冒険者と一緒に行動してるようなもんだった。」
「あぁ!だから、あんなドジっ子で天然で・・・。」
「アホにゃのか!」
「アホいうなっ!否定はせんけど・・・」
「否定してあげてっ!」
「ぐす・・・それは難題・・・。」
「泣きながら肯定しないでミサキ!」
ほんの少しだけ、辺りの空気が軽くなった。でもそれは一瞬。そう感じただけ。
「それで、キルルの記憶は戻らなかったが、アサギには順調に生活できているってことを報告するためにアイツの店に行ったんだ。そうしたら、店のカウンターで眠ってるアサギを見つけたんだ。それでカウンターに一通の手紙と空になったポーションを入れる薬瓶と一緒にな。」
「それって・・・手紙って何?遺書?」
「まぁ、そんなようなもんだ。」
「だって生きてるよね?どういうことなの?」
「その手紙は、俺ら宛てというか・・・」
すると、ミサキは突然立ち上がり家に入って行った。しばらくして戻ってきた右手には綺麗に畳まれた紙が握られていた。
「これ・・・アサギの思い・・・。」
「いいの?」
「うん、仲間だもん・・・。」
「わかったわ。読ませてもらうわね。」
ミサキから受け取った紙には几帳面な字でこう綴られていた。
『ライグ、そしてみんなへ
私は、キルルがあんなことになってしまい本当に後悔している。あのとき転生さえしなければと。しかし、起こってしまったことはいくら悔やんでも戻ってこないのだから、それなら伝説の秘薬と言われているあの薬をこの手で作り出そうと思った。文献を調べ試行錯誤しながら。そして、私は辿り着いてしまった。伝説の秘薬として伝わってきた記憶を取り戻せるという薬、あれは
【 記 憶 を 消 す 薬 】
だったんだ。それも一番強い思いだけを消すというかなり特殊な効力だった。どうしてそんな薬が記憶を蘇らせると変わっていったかはわからない。けれど、それならその薬で出来ることをするだけのこと。ちょうど今、その薬がこの手で完成したところだ。
これから私はこれを飲んでキルルを忘れる
辛かったんだ
キルルと過ごしたこの部屋も
キルルの好きだったあの絵本も
キルルと一緒に感じたそよ風も
私一人で感じることが、見ることが、居ることが本当に辛かった。
耐えられなかった。
許してくれ。キルル・・・。こんなにも弱い私を、キミを救えなかった不甲斐ない私を。
許してくれ。一人楽になってしまう私を。
ライグ、後のことは頼む。キルルを一人前のカーディナルになって、ステキな恋ができるように。
目が覚めるかどうかすら怪しい薬だ。
目が覚めなかったときは、キルルに私の存在は語らないでくれ。
覚めたときは、私はパーティから抜けて一人で生きていく。
キルルには伝えないでくれ。
よろしく頼む。我友よ。
アサギ』
手渡された手紙を読み終えたナデシコとネコは、涙が止まらなかった。ミサキはライグの胸元に抱きついて声を殺して泣いていた。ライグは涙がこぼれないようにずっと雲ひとつ無い青い空を眺めていた。グスッっと鼻を鳴らしたライグは
「これが全てだ。」
「こん・・・な・・・ことが。辛いね・・・。それじゃ、アサギさんのお店に行ったことも、アサギさんに出会ったのも・・・。」
「あぁ・・・。偶然だ。だから驚いたんだ。信じられなかったんだ。」
ナデシコはある疑問をぶつけてみた。
「ねぇ、アサギさんは、その・・・キルルのこと・・・。」
そこまで言うと、抱きついて泣いていたミサキの頭を優しく撫でていたライグは
「あぁ、すっかり消えていたよ。あの薬は本当にあったんだ。俺らのことは覚えてたよ。今までの出来事も。でもキルルのことだけは何一つ覚えていなかった。それどころかキルルって存在自体消えていたよ。」
「そうなんだ・・・。」
会話が途切れた4人の間を一筋のそよ風が吹きぬけた。
to be cotinue
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