さてさて、やっとシーン4が完成しました。
まえおきはいいですよね、では・・・
ライグが語るアサギとキルルの過去。
悲しい出来事、切ない過去
ミサキの頬に涙が一筋こぼれたとき・・・
アップタウンの小さなレストランバーに
記憶の森で迷う二人・・・
シーン4 【 記憶のカタチ 】 始まります。
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シーン4 【 記憶のカタチ 】
「はぁ・・・。私どうしてここにいるんだろう。」
カウンターに座ってから落ち着かない。この間ライグに言われ、私自身に昔の記憶がないこと、アサギさんと私の間に何かがあったかもしれないこと。頬杖をついて、カウンターに置かれていたリキュールの瓶をチンと指ではじく。盛大な溜息を吐いてカウンターに突っ伏す私。
「おやおや、そんなところで寝てしまわれると風邪をひいてしまいますよ?」
「はう・・・寝てません、寝てませんっ。」
私はガバッと体を起こし、背筋を伸ばして行儀よく座りなおす。アサギさんはクスクスと笑いながら、手に持ったトレーから普通より一回り大きい茶碗をカウンターに置く。中からほくほくと湯気が立っている。
「これは・・・リゾット?にしてはスープっぽいし・・・」
「これは雑炊という料理です。梅と山菜の雑炊にしてみました。温まりますし、消化にもいいですから。さ、冷めないうちにどうぞ。」
私は渡されたレンゲという陶器製のスプーンで少し掬い口に運ぶ。魚介の出汁の風味と山菜のほろ苦さ、そしてそれを中和する梅の酸味が後を引く美味しさでもう一口と自然とレンゲがすすむ。温かい雑炊は胃に収まるごとに私の身体を中からポカポカと温めてくれる、心地がいい。
「美味しい・・・。すごく優しい味・・・。」
「お口に合ってなによりです。」
「それに・・・。」
「それに?」
「なんだろう。とっても懐かしい味・・・。初めて食べるのに・・・。」
「なるほど。雑炊は東の異国では代表的な家庭料理ですからね。そういう意味では昔どこかで似た料理を口にされているのかもしれませんね。」
私は『そうなのかなぁ』と空っぽの引き出しを探すフリをしながら目の前の雑炊をペロリとたいらげた。はしたなくも満たされたお腹を軽くさすりながら出されたお茶に手を伸ばす。
「それじゃキルルさん、身体が満たされたのなら次は心の番ですね。」
「え?」
「何かあったのでしょう?キルルさんの心は今とても複雑な色に見えます。でも決して明るい色じゃない。」
「そ、それは・・・。」
「私なんかではお力になれないかもしれません。でも、お話を聞いて心を軽くすることはできるかもしれませんよ?」
「アサギ・・・さん・・・。」
私はアサギさんの優しく微笑む顔を見た瞬間、ありえない程の胸の高鳴りを感じた。しかし、それと同時にその台詞で奥に潜っていた感情がまた私の心を支配し始める。私は、
「あの・・・アサギさん・・・聞いてもらえますか?」
「ええ、私でよければ喜んで。」
「実は、私って記憶がないんです。でも、自分の名前は覚えていたんです。でも、それ以外の過去の記憶・・・私カーディナルって言いましたよね?」
「ええ。」
「でも、その前・・・ドルイドのときバードのときウァテスのとき・・・とにかく、カーディナルになる前の記憶がほとんどないんです。しかも、記憶を無くしていることにすらつい最近まで知らなくて。」
「それは大変ですね。しかし、そのことをどうやって?」
「はい、同じパーティのリーダーから聞いたんです。」
「ほう。またどうしてそんなことを聞くことに・・・と聞いても?」
「はい。この間クエストでパーティのみんなと雑談しているときに私、アサギさんのお店とアサギさんのこと話したんです。そうしたら、パーティリーダーに『あの店にはいくな。アサギに関わるな』って言われちゃって。いきなりそんなこと言われたから私もついカチンと来て『私がどこに行こうと誰と会おうと関係ないでしょ』って啖呵きっちゃったんです。」
「それは勇ましい。」
アサギさんはクスリと笑う。私は恥ずかしくてついつい
「もう、茶化さないでくださいっ。」
ちょっと拗ねた感じで睨んでみる。
「あはは、失礼。それで?」
「はい、それで私理由を聞いたんです。ウチのリーダーって普段怒ると怖いんですけど、でも意味のないことで怒ったりそういうことしないっていうか。義理堅いし、そんなこと言うには何か理由があるはずだって。アサギさんに何かあるのかなって、それともウチのリーダーとアサギさんの間に何かあったのかなとか。そしたら彼言ったんです。『お前、カーディナルになる前のこと覚えてるか』って。そこで私気づいたんです。自分に過去の記憶がないということを。で、さらに『それが理由でヒントだ』って。でも、その時は自分に記憶がないということの方がショックで、何も考えられなくて体が震えて意味もなく怖くて不安で、両手で自分の身体を押さえても全然おさまらなくて。それでクエストは途中で中断。私たちはアップに帰ってきたんです。それから・・・なんていうかすごく悲しくて。ちがうかな、寂しい?うーん、なんだか心にぽっかり穴が開いたというか。でもその穴はとても大きくて・・・私、怖くて家でベッドから出られなかったんです。今日まで・・・。」
「そんなことが・・・。それは辛い思いをされたんですね。」
どんどん声のトーンが落ちていく私に、彼は優しく空になったティーカップを2杯めの紅茶で満たしていく。彼の言葉、声、そして仕草が目の前のティーカップのように私の心を少しずつ満たしていく。それに私は違和感ではなく明らかに安心感を覚えていた。私は注がれた紅茶を一口含むと、コクンと喉を潤し話を続ける。
「私が記憶を無くしていたことをパーティの仲間は知っていたんです。私ってバカだから、カーディナルになって初めて彼らの会ったとき、みんな普通に何もなかったように振る舞っていたから気付かなかったんです。今考えれば、みんなの名前も覚えていなかったのに、そうと感じさせないようにしていた・・・とか、すごく大事にされてたんだなぁって。そう思ったら、記憶を取り戻さないと、もし取り戻せなくっても、みんなと一緒にいたい。みんなが私を大事に思ってくれたように私もみんなを大事にしたい、思いたいって。そう思ったら・・・。」
「思ったら?」
「お腹が鳴っちゃったんです。てへへ。」
「ふふふ、そういう考えだけじゃなく身体まで前向きなところ、私は好きですよ。キルルさん。」
「・・・えっ?」
突然の好きという単語に私は過敏に反応してしまった。なんだろう、告白とかじゃなく普通にでた単語のはずなのに、どうしてこんなにドキドキしているんだろう。そう思うと余計にドキドキは治まらなくて更には顔まで暑くなってくる。
「あは、あははは。あ、あ、あ、ありがちょう・・・あり、ありが・・・とう・・・ございます。」
(噛んじゃったぁ!噛んじゃったよぉ!恥ずかしいよう!)
私は手でパタパタと顔を扇ぎながら、いい具合に冷めた紅茶で自身の冷却を試みる・・・。紅茶を飲みながら彼の顔をチラッと見る。温度再上昇、冷却失敗。どうしてだろう。なんでこんなことになっちゃってるんだろう。私は今の自分にツッコみを入れながら葛藤していた。すると彼が突然歩きだし、そのまま店の入り口まで進むと、ドアに掛けてあったOPENの木札をクルリと裏返し、そのまま私のところへ歩いてきた。
「キルルさん、今日はもう閉店です。」
「え・・・?」
突然そんなことを言われて、ハイソウデスカと納得できる仙人のような人はいない。私が困惑した表情をすると、彼はそのままニコッと笑顔を一瞬作り
「ですから、私は暇になりました。私の話し相手になってくれませんか?」
「え?え、え、ええ?!」
私は目を真ん丸に彼の顔を見た。瞳を見つめる勇気はまだローディング中だったので、視線を下げて唇を見つめる。薄い唇とその奥に見える白い歯。そして一瞬見せる真っ赤な舌が私の鼓動にブーストをかける。なので結局視線は更に下がって私の膝小僧に落ち着く。
「だめ・・・ですか?」
「い、い、いえっ!全然っ!全然大丈夫です。・・・・・・ぜひ」
「ありがとうございます。それじゃ、隣に・・・。」
「はひっ」
彼は私の左隣に腰かけ、自分のカップを引き寄せた。そして、
「それじゃ、次は私のことをお話しましょうか。」
「え?」
彼は自分のカップを手に取り、その香りを嗜むとスッと口へ運び一口含む。ソレをコクンと飲み込むとフゥっと小さく息を吐いて静かにカップを置く。
「私もキルルさんと同じなんですよ。」
「・・・・・・は?」
そこは「は?」じゃなくて「え?」だろうと頭の片隅でツッコミを入れながら彼からの続きを待つ。
「あ、でも私のは少し勝手が違いますか。私の場合、殆どのことを覚えていますから・・・。」
彼は少し困った表情で笑みを浮かべるが、その瞳は悲しい色を残していた。
「どういうことですか?」
「私は、記憶が普通にあるんです。でも一つだけ何かを忘れているんです。【何か】なのか【誰か】なのか・・・。そうそう、私もこう見えて昔は冒険者だったんですよ?」
「ええっ!アサギさん、そんな風に見えないのにですか?何ていうか華奢っていうか・・・あ、ひ弱とかそういう意味じゃなくって、あの、その・・・。」
「ふふふ。いいですよ。私は陰陽師・・・ん、アストラリストでしたから。」
「やっぱり!」
私のイメージにピッタリの答えに私は、つい嬉しくなってしまった。
「パーティにも参加していたんですけどね・・・。気がついたときにはパーティから脱退していて、独りでここにいました。」
「・・・そう・・・なんですか。」
さっき嬉しいと思った自分をちょっとだけメッってする。彼は更に続ける。
「当時のパーティメンバーに話を聞いたのですが、何も答えてくれませんでした。
『何も覚えてねぇんだろ?ならそれでいいじゃねえか。』
なんて言って。」
「なんか、その口調ウチのリーダーみたいです。」
その口調があまりにもライグに似ていたので、思わずクスッと笑ってしまう。
「しかし、こうなる前の私は大変なミスを犯していたんです。」
「え?ミス?」
「そうです。どうやって私がこうなったかは解りませんが、こうなる場所をココにしたのがミスです。」
「どうして?って聞いても・・・。」
「ココは自宅です。きっと色々な事があったはずです。最初は普通に生活していましたが、いつからか【 影 】を見るようになったんです。」
「影?」
「えぇ、この家のいたるところで。キッチンだったり、シャワールームだったり、リビングだったり、ほら、そこの本棚だったり。でも、その影はぼんやりしていて、その影を思い出そうとすると私自身にも靄がかかるというか、ぼうっとして何も浮かんでこない。でも・・・。」
そこで言葉を止めて不意に私に視線を投げる。
「・・・っ!」
私は彼の細く、けれど服の上からでもわかる絞まった腕で心臓を握られたような感覚に襲われ、思わず呼吸が一瞬止まる。彼は視線をふとカウンターに置かれていた絵本に流す。その絵本は以前、私が始めてココに訪れたときに見つけた古い絵本。
「ある日、その絵本を持った影を見たんです。実際は影が絵本を持つことなんて無いんです。本棚に仕舞っていたこの絵本の前に影が見えたんです。でも、その瞬間だけは影が・・・。」
ここで彼の言葉が切れる。私は思わず固唾を呑んでしまった。この後に続く言葉がもしかしたら・・・。いつか砂漠のオアシスでライグに言われた言葉が頭をよぎる。まさかそんな・・・。私は今にも飛び出しそうな心臓を必死に抑える。
「そのときだけは女性に見えたんです。」
(きたっ!!!)
「でも、それは本当に一瞬で後姿だったんです。」
「え・・・。誰かわからなかったんですか?」
「ええ、残念ながら・・・。後姿を見ても何も思い出さなかったんです。」
「そうですか・・・。」
私は声を落とす。しかし反面ホッとしている自分もいることに気付いていた。すると、彼はなぜか微笑んで
「でも、だからこそいいんです。そのとき思ったんですよ。思い出せないのは、本当に思い出せないかもしくは、今はまだ【思い出さなくてもいい】のかもしれないと。それならもっと気楽に生きようと思ったんです。そう考えた瞬間とても気持ちが軽くなりました。」
「へ、へぇ。そ、そうなんです・・・か。」
もっと理論的というかこういったデリケートな部分の問題だから慎重に考えて行動すると思っていたのに、以外にも結構楽天的な思考なんだと少し驚いていた。確かに、この私だってつい最近まで記憶がないことに不便を感じたことも不安を感じたこともなかった・・・というか、記憶がないことすら気づいていないくらいだったのだから、彼の言うことも十分納得できる。それでも私は
「でも、そこまで見えていて、感じていて気にならないんですか?その絵本の持ち主さんのこと。」
私のくどい質問に彼は、
「フフッ。いいんですよ。きっと運命なんです。神様が私に与えた2度目の試練なんです。それに・・・。」
「それに?」
「タイタニアは【使命を果たす者】ですよ?探し物は得意じゃないですか。私もキルルさんも、もう既に一度はクリアしているんですから。」
「あ・・・あぁ♪そういうことですか。」
「えぇ、そういうことです。」
彼の笑顔はこのとき初めて無邪気な少年のようで。
私のココロの高鳴りは最高潮。
そして
彼の声が私の耳に届いた瞬間、恋に落ちる音がした。
「私の独り言、長い長い独り言はこれで終わりです。それで私はキルルさんに一つだけ質問があります。」
「質問?」
突然、場の流れを全く読んでいない言葉に私はキョトンとし、
「どんな?」
なんて、少し残念な子的な返事をしてしまった。不覚・・・。
「単刀直入に、キルルさんは【記憶を取り戻したい】ですか?」
本当に単刀直入に訊かれた。けれど私は慌てない。
「私は、アサギさんのお話を聞いて思ったことがあるんです。記憶は取り戻したい。これは変わりません。でも、それは私の最終目的で、最優先事項じゃなくなりました。だって、たとえ記憶をどこかに落としちゃってたとしても、それ以降今の私の中にある記憶はやっぱり私の記憶で。みんなに出会って、冒険して、昂林に出会って、アサギさんに出会って。どれもみんな私の大切な記憶に変わりはありません。だから無くした記憶は時間がかかってもいい、無理に思い出そうとしないで自然に。アサギさんの言葉を借りるなら【今はまだその時じゃない】って感じです。だから、その時がくるまでのんびり生きていこうかなって。」
私は自然に笑顔で話していることに気付いた。きっとこれが私の本当の気持ちなんだと。彼は私の表情を見て
「なるほど。私と同じ・・・ですか。それじゃ、今度は私からの提案です。」
「提案?」
「ええ、私と同じなら、私と一緒に思い出しませんか?二人でもう一度【使命】を果たしませんか?私はキルルさんのお手伝いがしたい。アナタと一緒にこの試練と向き合っていきたい。迷惑・・・ですか?」
「え・・・。」
突然の提案に私は頭が真っ白になってしまった。だって、私がぼんやりと浮かんだ理想の展開が、今、目の前で開こうとしているのだから。私は二つ返事で
「はい。私もアサギさん・・・アナタと一緒に探したい。きっと見つかる。アナタと一緒ならきっと見つけられると思う。」
「キルルさん・・・。」
二人見つめ合う。それはほんの一瞬だったかもしれない。でもその一瞬がとても愛おしい。すると、彼の顔がみるみる紅く染まっていく。彼は瞳を私の瞳から少し下へ外し、
「こ、この状況はて、照れますね・・・。こ、この際なので白状してしまいますが、じ、実は私、キルルさんが本棚の前であの絵本を手に取られていたのを目にしてからというもの、その、ドキ・・・ドキするというか・・・」
「え・・・。」
「そ、それ以降、こ、このように顔が熱く火照るというか、ア、アナタの姿を目で自然と追ってしまうというか・・・。こ、こういうことが今までなかったので・・・ちょっと戸惑ってしまいまして・・・。」
「はは・・・。」
私は飛び上がりたい衝動を必死に抑えハッキリとこう言った。
「アサギさん、まるで恋した乙女みたいですね♪」
すると、彼は切れ長の目を大きく見開き、
「こ、これが・・・そうですか、これが恋・・・という感情ですか。なるほど、もしかしたら過去の私は体験していたかもしれませんが、とても新鮮な感じです・・・って、ええええっ!わ、私がキルルさんにこ、こ、こ、恋?」
あまりの慌てぶりに、私は可笑しくなり
「あはは、例えばの話ですよっ。人は恋をすると最初そんな風になるんです♪でも、アサギさんのそれが本当に恋かどうかはわかりませんよ?似てるなぁって思っただけですから、私が。」
彼は腕を組み右手の人差し指を顎に添え、ほんの少し考えるような仕草をすると、
「なるほど。それでは確認しなければいけませんね。」
突然思いもよらない彼の言葉。私は口をポカンと開けて見つめてしまった。
「へ?え?は?」
「ですから、私がキルルさんに恋しているのかどうか確かめなければいけませんね。これから時間をかけて。ですのでキルルさん、改めて、これから二人で使命を見つけながらですが、私の心の謎も一緒に解いていただけませんか?」
私はいつもより少しだけたくさん息を吸い、今まで生きてきた中で恐らく一番の笑顔で返事した。
「はいっ!こちらこそよろしくお願いしますっ♪」
そして、嬉しいはずなのに
悲しい事なんて何もないのに
私の顔は思いっきり笑顔なのに
私はぽろぽろと涙を流していた。
彼が優しく人差し指で拭ってくれたから
私はそれに気付くことができた。
to be epilogue
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