さてさて、話が少しずつ動き出す第5話です。
どんな風に動き出すか・・・
それでは、お時間のゆるす限りごゆるりと・・・
意外にもエミルを巡っての恋敵になるかもしれない人からの誘い
私の心の空白は満たされるのだろうか。この空白は他人の想い出で満たされていいのだろうか。
心の中に広がったパズルのピースをはめるために
二人はホールの扉を開ける。
第5話『 乙女同盟 』始まります。
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第5話『 乙女同盟 』
校舎の昇降口を横切り、学食へ伸びる廊下がこんなに長いと感じたのは今日が初めてだと思う。マーシャは横に並んで歩くティタを横目にそんな事を考えていた。廊下の突き当たりに佇むロートアイアンの両開きドアに辿り着く。ガラス越しに中を覗くと珍しく誰もいなかった。中に入るとセルフサービスになったティーポットにカップ等のティーセットを一式ティーワゴンに載せ、窓際のテーブルに腰掛ける。マーシャが
「それじゃ、ティタさんは紅茶でいいです?私はコーヒーにしますけど。」
手際よくソーサーの上にカップを二つ用意する。
「あ、うむ。紅茶でお願い・・・しま・・・す。あ、あの、」
後半少し歯切れが悪くなったティタの言葉に
「ん?」
とマーシャが首をかしげて反応すると、俯いたティタは小さく
「す、すまない・・・私が誘っておきながらお茶の用意までさせて・・・。」
奥歯に物が挟まったような歯切れの悪い口調に、マーシャはにっこり微笑んで
「ううん、いいんです。私、こういうの好きですし、実は私って紅茶があまり得意ではなくて。」
へへっと小さな舌をペロっと出す。そして続けて
「ティタさん、リンゴちゃんとここあちゃんに聞いたんですけど・・・できれば『余所行き』の言葉遣いを・・・。」
とそこまで言ったところで、ティタは
「そうね。貴女とは畏まった話し方ではきっと上手くいかないと思っていたの。」
今までの口調からガラリとフランクな口調へと変貌した。マーシャはティーカップをティタの前に静かに置き
「ありがとう。私も貴女に色々と聞きたいと思っていたんです。」
一言囁いて、ティタの向かいに座る。そして訪れるお約束的な沈黙。二人ともまずはティーカップを手に取り既に乾き始めたお互いの唇を湿らせる。そして再度訪れる沈黙。時間にしてそれこそ数分も経っていないであろう沈黙もマーシャの動きによって破られた。
「あ、あのエミルの・・・。」
「エミルのことで・・・。」
「「あっ・・・。」」
マーシャの声に重なるようにティタも声を上げ、二人の声が重なったことに驚いた二人は話すことを中断する。しかし、マーシャはもう一度
「あのっ・・・エミルの・・・私の知らない2年間を教えてほしいんです。も、もちろん、貴女とのことも含めてっ・・・。」
口にした。ティタは、『やはりな』と言わんばかりの表情でマーシャを見ると視線をすぐに落として、
「私の知っている事なんてほんの少し・・・。それでも良ければお話するわ。でも・・・私も教えてほしい。」
呟くように俯いて話す。マーシャはコーヒーを一口流し込むと、
「わかりました。私もお話します。」
意を決したように神妙な口調で応えた。ティタは俯いた顔を上げるとそのまま窓の外に顔を向け、ゆっくりと話を始めた。
「私とエミルが出会ったのは、8歳のときだったわ。当時の私は屋敷から出ることを制限されていた。学校へも行かせてもらえなかったし、外といえば屋敷の庭園だけだった。そして8歳の誕生日の日に私の世話係として一人の男の子が仕えさせられたの。それがエミル・・・。厳密に言うと主従の関係というのかしら。エミルは私の従者として連れてこられた。当然、私は幼かったから従者なんて関係ないし、普通に友達として接したわ。一緒に勉強したり遊んだり、従者という立場からそれこそ寝食をともに・・・。」
寝食という単語にマーシャの眉が一瞬動く。
「寝食・・・。」
マーシャの零した言葉を気にせずティタは続けた。
「けれど、ある日突然エミルは私の前から姿を消したの。誰に聞いても理由は教えてもらえなかった。代わりにと新しいタイタニアの従者が来た。その子は今も私の付き人として仕えてくれている。それが私が10歳になろうかというとき・・・。それから月日が経ち私も16歳になり成人の儀を行う歳となって、そんなときに風の噂でエミルの事を聞いたの。だから確かめたくて、どうしていなくなったのかとか、本当にエミルなのか・・・。」
ティタが下唇をきゅっと噛む仕草を見たティタは、胸の奥が少しざわついた。マーシャはざわつく胸をぐっと抑えて、
「その・・噂だけを頼りにこの学園に・・・転校してきたんですか?」
マーシャの質問にティタは迷うことなく
「ええ、そうよ。」
即答した。マーシャは信じられないといった表情で
「そんな・・・こう言ってはなんですけど、エミルなんて貴女にとっては数多くいる従者の一人でしかないのでしょう?どうして・・・どうしてエミルにそんなにこだわるんですか?」
ティタはマーシャの瞳を見つめて
「従者はたくさんいても、友達は一人だわ。エミルは・・・わたしにとって・・・。」
不意にそこで言葉が止まり、マーシャの視線は自然とティタの唇に向く。そして
「私にとって生涯大切な人なのです。」
ハッキリと聞こえた。ハッキリと聞きたくなかった。どうして続きを言ったんだろう、どうして続きがあったんだろう、マーシャの頭にはティタの口から放たれた言葉がグルグルと駆け回る。マーシャは震える唇を精一杯制御して
「それは・・・エミルの事が・・・好きってこ・・・と・・・?」
最後まで制御できなかった。しかし、私の問いは伝わったはず。ティタは瞳をゆっくり閉じて、自分の胸に手を当てて
「好き・・・わからない・・・私は今までにこんな風に思ったことなんてないから・・・。初めてだから・・・でもエミルは大事な人。今日まで一度だって忘れたことなんてない。だからソレが好きという感情なら、好き・・・なのかもしれない。」
「そんな・・・。」
ゆっくりと瞳を開いてマーシャを見つめる。そしてティタと同様下唇を噛み
「私はっ!・・・私はエミルがこの街に引っ越してきたときからずっと一緒だった・・・。毎日遊んで、勉強して、一緒にご飯食べてお昼寝してお風呂に入って・・・。なのに、ある日突然引っ越すって、貴女のお屋敷へ行ったのね・・・。そして、2年ほど経ったある日、突然戻ってきたの。私のお父さんに抱えられて。アクロニアの北、スノップ山道で倒れていたって・・・。もう少しでバウの餌になっちゃうところだったって。」
マーシャの声が最後震えていた。聞いていたティタの表情は段々と曇っていき、
「そんな・・・どうして・・・。」
この一言を呟くのが精いっぱいといった感じだった。
「怪我は殆どなくて、眠っていたの。でも起こしても全く目を覚まさなくて・・・。エミルのお父さんにも連絡は取れないし、当時まだ空き家だったエミルの家に運んで。」
「それで貴女が毎日看病していた・・・。」
「どうしてそれを?」
「リンゴとここあから聞いたの。」
「そう・・・。」
再び二人の間に沈黙が訪れる。二人はもうとっくに冷めたモノを黙って口に運ぶ。気まずい。マーシャは小さく小さく深呼吸して話を続けることを決める。
「そ、それでね、ある日ふと目を覚ましたエミルは・・・。」
「記憶がなかった・・・というわけね。」
マーシャの声に重ねるようにティタが続けた。ティタはフムと何かを考える仕草で
「そうなると更なる空白が生まれてしまったわ。」
呟くティタにマーシャも
「ティタさんと過ごしたのは2年弱、この街に戻ってきたのが2年後だから、ほんの数か月だけど・・・。でも・・・」
少し躊躇ったマーシャに代わって
「でも、その数か月の間に何かが起こった。エミルの記憶が消えてしまうほどの何か・・・。もしかしたら、消されてしまうほどの。」
ティタが続け、
「消されて?どういうこと?」
「落ち着きなさい。『消されて』というのはあくまでも推測。結論じゃないわ。ただ、そういう可能性もあるということ。」
「・・・・・・。」
本日何度目かの沈黙。いい加減この気まずさにも慣れてきた自分たちがいる。
「お茶、冷めちゃったね。淹れなおすわ。」
「あ、あり・・・がとう。」
ティタは俯いて小さくつぶやいた。マーシャはティタのカップを手前に引き、紅茶でカップを満たす。
「どうぞ。」
「あ・・・はい。」
マーシャは自分のカップにコーヒーを注ぎ足す。ポットをワゴンに載せると同時に
「私、以前エミルに告白をしたことがあるんです。」
いきなり語り出すマーシャにティタは少し肩を震わせたが、言葉の内容に声が震えた。
「こ、こ、こ、こ、告白?そ、そ、そ、それでエ、エミルはなんと・・・。」
「エミルから返事は貰えなかった・・・。最初はどうしてかわからなかった。けど、今日貴女を見たときにこの人がいるからだって・・・お姫様がいるからだって。そう思って・・・。」
「それは違う。エミルは私の事なんて欠片も覚えていなかった。初めて交わした言葉、あの時のエミルの目は拒絶の目だったわ。本当に知らない外部からの侵入の拒絶。あの目を見たとき私は銀の短剣を突き立てられたヴァンパイアの気分だったわ。」
ティタは涙を浮かべたマーシャを見つめ低いトーンで応えた。マーシャは顔を上げティタを見る。ティタはニッコリと微笑み
「マーシャはエミルのことが好き。私もきっとエミルの事が好き。でも、肝心のエミルの心は記憶喪失という扉の鍵が中を覗かせてくれない。だったら・・・」
「だ・・・だったら?」
ティタは人差し指をマーシャの鼻先にピッと立てて、
「二人でエミルの記憶を取り戻せばいい。それでもしもエミルの記憶が戻ったら・・・その時にエミルに選んでもらいましょう?」
ウィンクを付け加える。マーシャは溢れる涙をズズッっと鼻をすすってこらえると、
「で、でも、もしもエミルが応えてくれなかったら?選んでくれなかったら?」
マーシャはもっともな正論で返すと、ティタはちょっと得意気な顔でもう一度人差し指を立てると
「簡単なことよ?そのときは、私たちのどちらかが振り向かせればいいんだもの。マーシャは不安?自信ない?」
笑顔で正論を覆す。マーシャも気がつけば笑顔が戻り
「自信あるっ!だって、悪いけど私のほうがエミルと一緒にいた時間長いもの。負けないよっ。」
マーシャもウィンクで反撃。ティタは、スッと席を立つと右手を差し出し、
「それじゃ、エミルの記憶が戻るまで同盟を結びましょ?」
ティタの口にした単語がいまひとつ理解できず
「同盟?」
マーシャは首をかしげ聞きなおす
「そう、乙女同盟。同じスタートラインに立てるように、マーシャはまず私をエミルに紹介して?」
「え?」
更なるティタの意味不明なお願いにマーシャはもう一度聞きなおす。
「だって、今の私はエミルに拒絶されているもの。平等じゃないでしょ?」
ティタの少し悪戯っぽく微笑むその表情がとても可愛く見えて、マーシャはほんのちょっとだけ羨ましいなんて感じてしまい
「う~。わかったわ。いいよ、『友達』としてエミルにティタさん紹介する。それで3人仲良くなってスタートラインね。」
少し拗ねた感じで口を尖らせてみる。ティタはそんなマーシャの仕草に自分にない魅力を感じ少し焦りを感じながら
「ええ。あ、それと私のことはティタでいいわ。私も貴女のことマーシャって呼んでいるし。いい?『恋敵』で『友達』だから。遠慮や気遣いはいらないわ。」
「うん、わかった。よろしくね、ティタ。」
差し出された右手をギュッと握り、ここにちょっと複雑な絆が生まれた。
期間限定の同盟、
無期限の友情、
全てがいい方向へ進みだしたはずだった。
to be continue
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